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無責任な意見 [教育]

団体というのは人格を持たないので、責任とかは全くありませんし、考えなどというものも持つことはできませんが、総意や決定というのはあります。これと、日本語は主語を言わない、書かないというのが一緒になると、不思議な文章や誤解というものが生じます。それが、一般人であればたいして問題になりませんが、マスコミや公式文書を作成する事務員でもよくあるので、日本語教育、つまり国語の教育がどうも劣化しているように思います。

日大広報部名で、危険タックル事件に関連して作成された文書に、「・・・と思います」という意見が書いてあったのですが、この主語は誰かと考えてしまいました。これが広報部の総意であるなら、違和感のある表現で、考えの根拠を示し、判断しました、と書くべきところです。意見は自由に持つことが憲法19条で定められていますが、その責任は意見を言った人間にありますので、誰の意見かという人格を示さなければなりません。ですから、基本、団体は意見を言う権利というものはなく、判断、決定として述べるべきです。団体名で意見を言うことは、大きな誤りです。しかし、無責任な人間は団体を使ったり、責任の所在がわからない、ナレーターなどによって、意見を言います。

国家公務員による損害などは国が代行します。それは憲法17条で定められているからですが、これによって公務員の責任が国というものにすり替えられている現実があります。国は人格を持ちませんから、責任は持てません。しかし、国の責任という言葉で勘違いされてしまっているのが現実です。
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