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楽譜通り弾くことは難しい [偉そうな一言]

以前にバイオリンは楽譜通り弾くという概念は存在しない、という話を書きました。弾き方の選択肢が多いので、そういう楽譜通りの演奏というものが存在しないのです。さて、今度はバイオリン以外の話で、楽譜通り弾くことは難しい、ということについてです。個人的には、楽譜どおりの演奏について述べている辻井伸行君は、将来が楽しみな素晴らしい演奏をすると思っています。

実は、今練習している曲がそのいい例なのですが、バッハの無伴奏ソナタ第1番の第一曲目はAdagioです。第2番の第一曲目はGraveです。今練習しているポイントの一つが、Graveというのをどう表現するかということです。楽譜に書かれていることは全て表現できます。それが楽譜どおりの演奏ということになるのだろうと思いますが、表現というのは、聞いた人がそれがわかるということです。AdagioとGraveの違いなどは割とわかりやすい方だろうと思いますが、それを演奏で表現するのはとてつもなく難しいと思います。もちろん、Largo、Lentoなどになるともっと難しいです。これらは速度記号と呼ばれていますが、もちろん音楽の単なる速さを示すだけではありません。そこを弾き分けるのが楽譜どおりの演奏ということになります。

速度記号以外にももっといろいろあります。expressivoはまだいい方で、dolceもなんとか、simpliceはどうでしょうか。これらの発想記号と呼ばれるものは100以上あります。どれ一つ取っても楽譜どおりと言えるような演奏をするには、一生かかってもなかなか大変です。しかし、それによって演奏はだいぶ違ったものになり、決してつまらない演奏ではなくなるでしょう。

さて、楽譜通りの演奏ということでは、行間や形式までも楽譜の内容として扱うべきである、と思います。つまりそれは楽譜から読み取れる内容だからです。当然、作曲家は形式を踏まえて書いています。だから、同じ旋律なのに、最初は6度の音程が次の時には4度になっているときはこれは表現すべきであり、ソナタ形式の再現部の同じ旋律は提示部とは違って聞こえるように演奏すべきであり、などとなります。しかし、本来は4度にすべきところが演奏が難しいから6度になっているという場合もあり、そうなるとこれは逆に同じように聞こえるように表現するべきということにもなり、また、再現部の全く同じ楽譜の部分は、同じ演奏をするだけで違って聞こえるから違った表現とすべきではない、ということも言えます。どちらであっても、楽譜通りの演奏を目指しているといえるでしょう。

楽譜をどの程度考慮して演奏すべきか、つまり、楽譜にない表現の扱いについては難しい問題で、書いてあることを無視することはよくありませんが、個人的にはできるだけ楽譜に書いてないこともやっています。楽譜は情報量としては単なるメモ書きという分類であり、数学のようにきっちり示しているものではない、という考えだからです。例えば、バッハの無伴奏パルティータ第3番の第二曲目のLoureの付点のリズムは楽譜通りでない演奏をするのが良いと思います。それがLoureという舞曲だからです。そして、楽譜を残したバッハもそれを想定して書いているところがあります。また、ビバルディの四季の春の出だしの部分は八分音符が4個連続していますが、これも4個目の音は前の3個よりテヌートで弾く方がいいと思います。最近はそういう演奏減りましたが。

以上は日曜くらいしか練習できない個人的な考えです。何が正しいということは数学のように簡単にはいかないので、いろいろが考え方があるものだと思います。皆様のご参考になればと書きました。
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